以下小沢健二さんの「ひふみよ」ツアーについてのネタバレを含みます。高松と福岡に行く人はこの先進むべからず!
・今日は今頃京都公演が終わった頃だろうか。あと残すは高松と福岡のみ。
・結局の所、わたしは一夜の夢を一夜の夢のままにできずに先週の金曜日、いろんな障害とかしがらみを薙ぎ倒すようにして大阪公演を見に行ったのだった
・そのあとで自分が先日書いたレポを改めて読み返すと、あきらかな間違いも多いですね
・でも直さない、それは私の記憶に何が深く刻み込まれたかってことでもあると思うので
・大阪の会場はグランキューブで、どうしても好きになれない会場だったからほんとは福岡に行きたかった
・でもさすがにオーラスでそして仕事の面でも移動距離の面でも障害をなぎ倒しきれなかった
・なんでグランキューブ避けたかったかっていうとあそこの音はなあ・・・っていう印象があまりにも強烈で
・しかし「ひふみよ」のスタッフは見事だった
・演奏者の音はまったくなんのストレスもなく聴くことができました
・最初の「大停電」で足下の誘導灯を消すことができなかったのは残念
・あと音の返りがぜんぜんわからなくて、みんなのシンガロングがどれぐらい小沢くんに届いていたのか不安だったり
・でもやっぱりもう一回見に行ってよかったとおもいました
・何より先日の名古屋はあまりにも自分の「夢うつつ」感が強すぎた(笑)
・バンドの演奏の見事さとか、ひとつひとつのアレンジの絶妙さをようやく堪能できたという感じ
・とにかく音が素晴らしすぎて泣ける。あの繊細さたるや
・小沢くんはやっぱり客の反応をよく見てる
・演奏の密度も小沢くんのパフォーマンスもすばらしく絶好調だったようにおもいました
・あの天気読みのかっこよさ!もう失神
・ドアノック・ダンスを踊っているとき、ほんとうにほんとうに幸福すぎる、でもこれはきっと「二度と戻らない美しい日」なんだろうと思えてしまってまさに泣き笑いだった
・いやもちろんそんなこと誰にもわからないけれど、でもこうして「ひふみよ」の世界でこの楽曲たちと会うことはもう二度とないのだ、わたしには
・この手を離したら二度と会えないとわかっていても離さないといけない、そして「君に追いつくようにと強く手を振る」しかない
・そうおもうと切ないけれど、でもこうして手を振る機会すら訪れることはないだろうとついこの間まで思っていたんだものな
・小沢くんはやっぱり「いつまでも削れる魔法のチョコレート」を渡してくれたんだとおもう
・愛し愛されて生きるのさのあと、再び照明が点いてから最後の挨拶だった
・前のレポではその前に挨拶があったように書いてるよね、それはあまりにも「愛し愛されて生きるのさ」の幕切れが鮮やかだったからだと思う
・大阪での小沢くんはとても饒舌だった
・「頭の先からケツの先までひとつの世界をつくりあげたかった」と彼は言った
・さもあらん、というか、それがまさに私がドンズバでつかまってしまったいちばん大きな理由だと思うよ
・「だから途中で無駄話をする機会がない、なのでここで無駄話をしようかと(笑)」
・ラブリーのときに歌の途中で小沢くんがアコギを抱えたまま飛び跳ねるようなステップを踏んだことに真城さんがふれて「なんか変なダンスを(笑)」
・小沢くん曰く「あれは地団駄(笑)歌詞を思いっきり間違えてしまって、それでこのツアーのお客さんほんとにみんな歌詞が完璧に頭に入ってるから、歌詞を間違えるとさあって表情が変わるんだよね(笑)」
・冒頭の大停電の話は実際にあった話で、とてもおおきな体験だった
・9.11のように繰り返し報道されたりはしないけれど、NYに住む者にとって忘れられない夜だった
・残すところ(京都をふくめて)3公演しかない。本当にツアーが楽しくて、もうあとこのひふみよでこの曲たちを歌うのもあと3回かと思うとさびしい。世界中どこを旅していてもみんな(ツアーメンバー)に電話してしまいそう、と言っていた
・僕らの住むこの世界では旅に出る理由があり、かあ
・たとえばメディアというものにどういうふうに伝わっても、どんなふうにとらえられても、この圧倒的な「体験」の前ではそういうものは霞みますね
・好きに言うがいいさ、誰がなんと言ったって、わたしは自分が何を受け取ったのかよくわかってる。そして大事なことはそれっきり他にはない
・これから何度でも思いだし、何度でも反芻し、何度でもあのときに還るだろう
・あの大停電の夜に。
・小沢くん、ほんとうにありがとう。
・あのステージを創りあげてくれたこと、音楽を信頼してくれたこと、私たちを信頼してくれたこと、ほんとうにほんとうに、ありがとう。